プロフィール

 

 

Dr モリスのプロフィール

はじめましてDRモリスです。

現在、静岡県に在住のフリーランスです。人間の性格判定による対人関係悩み解決のお手伝い(コンサル)をしています。

過去の経歴

高校卒業後、日本で10年間働いたのち→大学進学(愛知県立大学外国語学部中国学科)同時に瀋陽師範大学語学留学+留学生交流サークルを立ち上げ(富士登山、京都旅行、トルコ、フランス、中国の留学生友人宅ステイなど)→卒業後は中国浙江省平湖市の日本企業へ総務部出向(人材採用など)→帰国後、日本でホテルマンを経験し再び中国のホテルマンとして働く

現在

静岡県に住み、ブログやユーチューブ他対人関係のコンサル業務を行っています。

私が発信してる媒体

ツイッター  @hisashiito777

ユーチューブ https://www.youtube.com/channel/UCp2SdD3eDRVN98tAlOcyZVQ

フェイスブック ¥¥¥¥¥¥¥¥

序所ではありますが登録者が増えています。

ユーチューブ動画

  人間判定の犬猫別判定についてご紹介します。

東京ビックサイトクリエーターエキスポに参加、多くの方の判定をして大反響を頂きました。

 個人的な価値観のまとめ

情報価値は低いですが、念のためにまとめました。人前に出るのが苦手な内向的でしたが。

  • 血液型はB型です。お人よしで人に利用されやすい故、対人研究対策をしてきました。
  • 趣味はテニス、海外旅行、Twitterです。
  • 元々は海外旅行などは行きませんでしたが、あるきっかけにより現在は一人で世界中を旅をしています。
  • 現在は月収100万くらいです。
  • 生活費は収入の20%位です。
  • 物欲よりも珍しいもの知らないことに興味があります。
  • 実際に確かめる事が好きで、テレビで観たものをうのみにせず現地に赴き取材などします。
  • 映画鑑賞が好きで、主にアメリカ映画を小学校3年生から一人で観に行きました。当時は2本立てがほとんどで月に2回は半日映画館にこもっているほどです。
  • ユーチューブ最近のお気に入りは、キャンピングカー、ひろゆきさん、zico39channelさん等
  • 小説はダンブラウンが大好きです。
  • テレビはNHKスペシャルが20代から大好きで、海外ネタは現地に実際に赴き確かめに行きました。
  • 結婚はしていませんが、チャンスがあれば結婚し子供が欲しいですね。
  • 無理しない人生がベストです。

こんな感じです。
人間関係が複雑にならないようなフリーランスで、日々努力して稼いでいます。皆さん応援よろしくお願いいたします。

私の過去で学んだこと 過去一覧

幼少期

幼稚園の頃は団体行動が全くとれず、人前に出るのが嫌いでゴミ箱に隠れたり、交通安全の練習も理解できず泣きじゃくり私を見かねた先生が自転車の後ろにのっけてくれたことを覚えています。今考えれば人と同じことができない問題のある園児であったとわかります。

幼少期として泣きわめけば周りが何とかしてくれるものだと学びました。(後にその方法は信頼をなくすと学ぶ)

変化を遂げた小学3年生

そんな私も小学校に通い相変わらずでしたが、小学校3年生の時に変化が訪れました。クラスのみんなが遊んでいたとき当時はやっていたギャグをしたら皆が一斉に笑ってくれたのです。目の前の世界がいっぺんに変わった瞬間でした。子供ながらも味を占めたのかギャグを連発してクラスの人気者になったのは今でも忘れません。

思い切って自分を出すと皆が受け入れてくれることを学びました。

先生との不仲

小学校4年と5年、6年生の時は先生と全く馬が合いませんでした。当時の自分は先生にいじめられているのだと思っていたのですが、今考えれば自分がいかに社会性に欠けていたのかはわかります。

この時期にわがままは通用しないことを学びました。

中学時代

中学時代は勉強が大嫌いで全く勉強せず、案の定成績はいつも低かったのを覚えています。また多くの人間と関わりがあり、.実.は部活の先輩からぼこぼこにされました。今思えば当然といえば当然かもしれません。

ここでは上下関係、理不尽だろうがさからわずまた年上におべっかをつかう、大人の世界では強調しなければならない事を学びました。

高校時代

実は高校1年生の時に退学をしました。全寮制の高校に入りしごきやお説教に耐えれず逃げ出したのです。当時は人生は終わったかのように思えたのを覚えています。退学した私は直ぐに予備校に入り高校に入りなおしましたが、当時は若い頃もあり1年年下と一緒になるのが嫌でしたが入ってしまえば全く関係なく、現在でも続く友人もできました。

ここでは人間関係において年齢は重要ではないことを学べました。

自動車工場

高校卒業後は自動車免許を取ったのち父母がいる地に引っ越しました。やはりまだ精神的に子供で自立ができていなかったのだと思われます。そこで初めて自動車会社スズキの期間工を半年間、塗装課という全身河童にマスクの体力的にきつい部署で働きました。何故その部署に回されたか後に知ったのは、あまりにきつすぎて人がすぐやめてしまい困っていたそうです。そこで年齢が若い者をいれて生き残れたら社員にしようとしていたようです。当時研修に来ていた軍隊上がりの韓国人(筋肉もりもり)が一緒の部署にいましたが、日本人には絶対弱みを見せなませんでした。そんなある日に休憩時間に裏の日本人が来ないところで、疲れてぶっ倒れていたのを見てしまったのです。

ここでは人に弱みを見せないプライドというものを勉強できました。

運送屋と営業職

その後、運送屋でトラックに乗り市内配達と集荷をするようになりました。運送屋は中学卒の人も多く使う言葉が汚く、ちょくちょく喧嘩などもありましたが意外と心優しいところがありました。その後医療器械の営業職に就きます。スーツを着てとてもまじめそうに見えましたが逆に中身はドロドロでした。一生懸命使えていた上司には裏切られる、同僚なのに足の引っ張り合いをするなどを体験しました。

ここでは3K職場の人達の良いところ、ホワイトカラーの見た目と違った腹黒い世界を勉強をしました。

10年働いたのち大学進学

10年働くと自分の挑戦心が沸き立ちました。それが大学進学です。自分なりに勉強し受験しましたが当然のごとく受験には失敗しました。それをきっかけに踏ん切りをつけ会社を辞め予備校に入る事となったのです。今でも忘れないエピソードは予備校が始まる初日に少し遅れて一番最後に教室に入りました。すると生徒が一斉に席に座り黙って背筋を伸ばしたのです。私が席に座るとがやがや騒ぎ出したのを覚えています。そうですね、私を先生と間違えたのです。予備校では優しい先生が自分の学力に合わせ中学英語から再度学ぶこととなりました。また論文の書き方まで一から教えてもらったのです。素人独学勉強法よりプロから教わったほうが圧倒的に学力が向上し受験のテクニックがわかりました。

ここでは餅は餅屋、すなわちプロに教わることで効率の良くなり、時間の圧倒的短縮と成果を上げ易いことを学びました。

大学時代

夢に見た大学進学、外国学部中国学科に入学をしました。何故中国学科を選んだといえば1999年当時は今後中国はとてつもなく発展し大きく成長するといわれていたのです。(2021年、中国はアメリカに次ぐGDP2位の超巨大国家となっています。)自分の中では大学は凄いところと勝手に想像していました。しかし入ってみると皆淡々と授業を受けるだけの想像していたものとは違いました。せっかく大学を進学したのだからと自分なりに色々とやってみることにしたのです。

大学文系は卒業するまでの4年間に128単位を取るゲームと実感しました。

中国ホームステイ

ちょっと物足りなさを感じた私は1年生の終わりに3週間中国の短期留学と一般家庭にホームステイをしたのです。そこでは1年間大学で中国語を学んだのに先生やホームステイの人が言っている言葉が全く分かりませんでした。毎日泣きたくなる気持ちで精神的におかしくなったのを覚えています。

ここでは授業でする語学では外国語会話が難しいと実感しました。

二度の学園祭模擬店出店

大学では大学祭が毎年11月の第1週にあり1年生と3年生の二度にわたり模擬店を出店しました。1年生の時は中国学科の友人と出店、唐揚げ、枝豆、フライドポテト、生ビールなどを用意し絶対うけると意気込み挑戦したのです。結果は惨敗で3日間のもうけはたった4千円であったのです。2人で2千円づつ分けたのを覚えたいます。準備などの労力を考えると失敗でした。3年生はトルコ人の友人の知り合いがドネルケバブを出店したいということでケバブ屋を手伝うことになりました。ドネルケバブチキン450円、最初はそんなに売れないだろうと想像していましたが始まってみると長蛇の列で売り切れ完売となったのです。また驚いた事にトルコ人の販売員はもうかるので明日は値上げすると50円値上げを決めたのです。日本人は期間中に値を下げることはあっても上げるという発想はなかったので驚きを隠せませんでした。しかし2日目蓋を開ければ値上げなど関係なくまたもや長蛇の列で完売終了となったのです。ここでは大きな教訓を得たのです。1年生の失敗は自分たちが勝手に顧客の要望を想像して失敗し、トルコドネルケバブがお客の心を勝ち取ったのです。

ここでは需要と供給、勝手な顧客要求の想像は厳禁で相手が欲しければ高く販売しても問題ないことを学んだのです。

外国人留学生との交流

大学の醍醐味は多くの留学生がいることです。そこで私は勝手に大学生交流サークルをつくりました。京都旅行や富士登山、紅葉を見に行ったのです。メンバーは中国人3名、トルコ人1名、フランス人1名、メキシコ人1名+日本人3名です。富士登山では早朝から登り頂上を目指すこととなったのですが出発時に驚きがありました。それは登山の装備ではなく普通に短パンや草履物、また雨具がない中国人の留学生は傘をさしていたのには驚きでした。案の定、山をなめており標高が高くなると気温が下がりまた天候が急に変わり雨なども降り最後まで頂上をたどり着けたのは5人中、私一人だけでした。

ここでは事前に情報を収集し、しっかりと準備することが必要不可欠であることを学びました。

学費に苦労

親からの支援がなかった私は生活費と学費は全て自分で捻出しなければなりませんでした。私立なら学費は年間100万円×4年間、更に入学金以外にも施設管理費が必要となりましたが、幸い公立大学だったため学費は年間50万円弱×4年間と入学金も安く更に施設管理費がいりませんでした。また奨学金を毎月10万円×4年間で480万円+国の教育ローンを200万円借りれました。ここで注意しなければならないのは奨学金という名ですが利子付きのローンです。奨学金という名で利子付き返済は日本だけなので奨学金というローンと名前を変えたほうが良いかもしれません。大学は夏休み2か月、春休み2か月、年末年始10日間、ゴールデンウィーク1週間、土日は休みで水曜日の午後は教授会で授業がない つまり1年の大半が休みでした。おかげで夏休み2か月を休みなく朝から晩までアルバイト、春休み2か月間を朝から晩まで休みなく毎日アルバイトをしました。おかげで大学の前期および後期の授業料が払うことができました。それでも生活は苦しかったため途中ぼっとん便所、月3万円の借家に引っ越し車も手放しました。

大学4年間で奨学金480万円+国の教育ローン200万円の合計680万円のお金を借りることになり、その後の返済が非常に厳しい現実を知る勉強となったのです。

留学生友人の実家を訪ねる

大学3年生の時アルバイトを長期休暇を初めてもらいました。そこでトルコ人の実家および親戚友人宅、フランス人の実家、知り合いなのでホテル代は不要で更に食事も提供してもらいました。大学の卒業論文の先生と一緒に旅行しました。当時航空券は異常に安くかかったお金はトータル10万円かかりませんせした。

ここでは外国人の友人をつくると海外パックツアーでは味わえない文化や体験が得られることを学びました。

初めての一人海外

中国人の実家を訪ねる時、中国人の友人と一緒に行く予定でしたが急遽友人の親戚が日本に来るので一緒に行けなくなったのです。一人で海外を旅したことない私はびくびくしながら飛行機に乗り上海につくと一人の日本人男性と知り合えたのです。彼からの情報ではユースホステルに行けば日本人などの仲間に会えるとのことで行ってみることにしたのです。ユースホステルに行ってみるとそこは大部屋で日本人や多くの外国若者が旅行しているバックパッカーの宿だったのです。ユースホステルとは皆一人で海外に行き仲間と情報交換または一緒に旅する集まりの場所だったのです。当時はネットもありましたが、まだ地球の歩き方を片手にもって旅するのが普通でした。ここでは知り合った日本人と一緒に蘇州や香港を旅することとなりました。ただしここで学んだのは適度の距離を取ることが必要であるという事です。あまり依存しすぎるとお互い意見が合わずに決まづい雰囲気になるのです。そんな時は気軽に別行動をとるのが解決方法です。

ここで一人旅方法を学んだ私はその後の世界中を回るきっかけに繋がったのです。

就職での疑念

大学卒業後 福井県小浜市の企業の総務部に勤めました。朝は8時半出勤ですが8時に出社して掃除をしていたら上司に怒られてしまいました。皆もっと早く来ているとのこと早い人は7時半から掃除を1時間していたのです。次の日から7時半に出勤し清掃状況を見学させてもらうと、さすがに1時間掃除するところはなく人が来るときだけ掃除をしている振りをする、なんてくだらない習慣かと思えました。更に退社時間は部長が帰り、課長が帰り、係長が帰った後に帰ることができるため、毎日夜10時が退社時間であったのです。また驚いた事に土曜日が休みだったので家でくつろいでいるとまた叱られたのです。皆土曜日も頑張って出社しているといわれたので私も土曜日も会社に行ってみると確かに同僚は働いていました。しかし実際はパソコンをいじって仕事をしているふりだったのです。なんと愚かなことをしているのかと思えました。

ここでは企業社員は皆生活のため理不尽なことを我慢しているのだと学びました。

中国人実習生はやりたい放題

小浜の企業は主要生産品を中国に移管していた。ゆえに毎年数名の中国人実習生がきていたました。しかしながら彼らはすこぶる評判は悪かったのです。私は外交人実習生の支援担当者に選ばれ最初の1か月で事件は起きたのです。ある話によると実習生はごみを捨てず半年間ごみを倉庫にしまってあるとのことでした。信じられない私は実習生に問いただすとごみは毎回出して倉庫には何もないとのことでしたので私は安堵したのを覚えています。しかし次の週に上司につれられた実習生の寮に行くことになったのです。そこには半年分のゴミの山があったのです。休みを使いごみの処理をすることになると中には腐った肉や死んだネズミもいて、あまりの刺激臭で涙が止まらず合計で2トン車で2杯分のゴミを処理することとなったのです。

ここでは何故に中国人実習生の評判が良くないかを理解することができました。

中国人の特徴は下記に例えられる

最初は仲良くできるが自分が不利になることは一切認めない。日本人ならお互い折版するがその考えは持っていない。また自己主張が強く自分の非は認めず謝らない。自分が謝ると非を認め自分の立場を失うのが中国なのだ。つまり勝ちか負けなのである。日本人はお人よしでなめられるのゆえんである。

ここでは日本の常識は海外では通用しないことを学びました。

中国出向

日本で研修を4か月受けたのち中国の工場に出向となりました。中国の工場に来て3日も経たないうちに事件は起きました。工場の班長と部下が喧嘩、ただの喧嘩ではなくカッターナイフで顔を切り刻むまで発展し警察パトカーが来たのです。始まって3日目でもうビビッてしまいました。中国人はメンツをつぶすと徹底的に仕返します。相手とトラブルが起こるとバイクを川に投げ入れたり、バイクのカギや自宅のカギ穴までボンドを入れに行くのです。日本人の部長が中国人の運転手をや部下をクビにしたとき今まで従順であった部下が急に態度が豹変し部長に殴ってくる者、お茶を頭にかけるものなどをしたときを今でも覚えています。

ここでは中国では面子をつぶすと必ず強硬手段で仕返しをすることを学びました。

人材不足

当時中国では労働者の人材が足りず、人材市場などいろんなところで工員を募集しました。面接には高校の卒業証明書が必要でしたが、驚くことに街で500円で作成してくれる所がそこらにあったのです。私が採用の面接官をしていた時に卒業証明書を持っていないものが面接に来たため、試しにあと2時間あるからそこらで作っておいでと言うと、1時間半後に本当に卒業証明書を作って持って来たのです。

ここでは日本人はルールを守ることを美徳としていますが中国ではルールを破ってでも、欲しいものは手に入れることが大事であると学びました。

人間判定に興味をもったきっかけ

人間の性格には一定の法則があることに気づきとても興味を持つこととなりました。かれこれ14年前から取り憑かれたように研究しています。それらを研究することによって人にとって大事なことが分かってきました。人間がとても良い状態は結局、健康で精神的にポジティブでいる事なのです!皆さん(誰でも簡単に)にも精神面でポジティブになってもらうためこのサイトを作成しました。

昔から言われ続けている言葉には意味があリます。

三つ子の魂100まで。

年齢を重ねると知識を得てまた世間でもまれることで協調性が生まれてきます。しかし考え方を変えられても人間の本質、性格は一生変わらないと確信しています。

尊師の兵法

また遥か太古の中国、尊師の兵法では敵を知って己を知れば百戦負けなし。つまり相手と自分の性格を理解すれば向かうところ敵無しという事です。

人間を統計的に判断すると!

人間を統計的に判断すると種類は2種類 犬っぽいタイプと猫っぽいタイプで分かれています。犬と猫 性格がわかりやすいたとえなのでこれを使用していますが実際の犬や猫もそれぞれ色々なタイプが存在します。そこでこの性格判定でも犬型の数種類タイプ、猫型の数種類タイプを用意しています。

私のタイプ 

私のタイプはずばり犬猫型(犬っぽい猫型)です。性格的にはコツコツと物事をこなす事と責任を持つことが苦手です。お人好し故に、人に頼まれると断れないタイプ(但し明らかに相手が騙している利用しているだけと分かれば絶対に頼まれてもしません)。

実際に確認しないと気が済まないタイプ (一部紹介)

海外アーリーリタイアメント調査(マレーシア、タイ、フィリピン)

15年前程あたりにマレーシアやタイ、フィリピンの海外リタイアメントがブームとなりました。テレビでは夢の国での最高の暮らしと言われていました。確かめてみたいと思った私は実際どうなのか現地へ訪れコミュニティや現地に住む日本人にインタビューをするなどしてテレビでは良いことしか言わない裏の良くない部分も確認してきました。

中国コンビニ戦争

NHKスペシャルで放送された中国コンビニ戦争、中国にある元々のコンビ二とローソンやファミマなどの熾烈な競争を放映され実際に見に行きました。

肥沃な土地東ヨーロッパ

こちらもNHKスペシャルでルーマニアの農地は化学肥料をつかっていなかった為、肥沃な土地があり外国企業が土地の争奪戦をしているという放送でした。実際ルーマニアおよび東ヨーロッパに行き調べると日本の企業はあまり進出しており日本人もとても少ない状況でした。

 

 

 

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